Windows 98は1998年7月25日に発売され、1ヶ月で50万本を売り上げた。
パソコン販売低迷の中で、当初は3ヶ月で50万本を売り上げる予定だった。 マイクロソフト社によると、発売後二日間で25万本を販売し、その後も秋葉原などの 電気街で種待つ中心に順調に売れ続けた。
企業向けパソコン販売は不振だが、店頭向けは50%を超える勢いで伸びており、全体では 前年同月比で20%から30%アップになっている。NECや富士通は前年と比較して倍増のペース となっている。
だが、Windows98発売前の一ヶ月間は深刻な買い控えが起きており、第三四半期のパソコン 出荷台数が前年同期を上回るかどうかは微妙である。
価格の推移
NEC Pentium(75MHz)のPC 定価 32万8000円
実売価格
発売当初 27万0000円
4カ月後 9万8000円
アップル 68LC40搭載のMac
実売価格
発売当初 16万8000円
6カ月後 7万9800円
近くの量販店のちらしを見ていると値動きがよくわかる。 作っているほうはたまらないが、これが1995,1996,1997年の状況だ。急がない人に
一番安くなるのは年末のボーナス商戦後だ。 Macもこの時期が一番安くなる。Performaは年2回のモデルチェンジだが PowerMac、PowerBookは年1回11月にモデルチェンジが行なわれ、 ----97年は4月にもでたが---- 新製品が出荷され、旧製品は在庫処分となる。 前年発売の38万円のPowerBook5300csが22万円まで下がる。 95年には8万円のPerforma588が、96年には15万円のPowerbook190cs、97年には15万円 でCRT付きのタワー型のIBMのAptivaが現れたのもこの時期だ。クリスマスから年末、 年明けまでが買い時だ。年が明けてからは劇的に下がることは少なく、品薄になるため 待ちすぎると市場から消えてしまう。もちろん最新機種が欲しいという人にはお勧め できないが、3,4カ月で旧モデルになるのに最新機種にこだわる必要はないだろう。
2年後にもっと高性能のパソコンが欲しくなるとしても、そのときは今では 考えられないほどの性能のパソコンが安く売り出されることになるだろう。 安いパソコンでは使えるソフトウェアが少ないという心配は無用である。 インターネットやゲーム、表計算、ワープロソフト、データベースを動かすくらいなら 大した性能は必要ない。1995年の暮れあたりのパソコンのスペックで充分だ。
だが、インターネットをやりたい、ワープロで年賀状を作りたいなどパソコンで何を したいかをハッキリしておくことは大切だ。とくに初心者は、用途が漠然としている ため、何でもできる機種を揃えようとし一番高い機種を買う傾向がある。 この結果、各メーカーのフラッグシップの機種を、初心者と「時は金なり」で価格より スピードを優先するプロフェッショナルが支える構図ができあがる。初心者が買った パソコンの半分以上はほこりが積もるが、プロが買ったマシンは1年か2年の間に骨まで しゃぶり尽くされる。
パソコンを覚えるのが目的ならパソコンは買わないほうがよい。覚えようというつもり ではパソコンは覚えられない。「年賀状を作る」など目的を持ったとき初めて覚えられ るものだ。
データベースを使うなら、パソコンの選択よりどんなデータベースを使うかが重要だ。 ベストセレクションは「桐」だが、よく分からないなら「クラリスワークス」のデータ ベースがてっとりばやい。データベースに入れた住所録をワープロに移して宛名書きを する程度は簡単にできる。本格的にデータベースを使いたい人は、ファイル設計はでき るだろうし、パソコンの選択にも一家言持っているだろうから、この文を参考にする 必要はない。
--- DOS用の桐Ver.5はWindowsでも動かすことができる。もちろんDOS/Vマシンでである。CPU 133MHzのマシンを使えば5000件程度のデータベースのソート、マージ、検索などは瞬時に終わる。一括という日本語のスプリクトを使えば定型の作業から込み入ったアプリケーションまで作成することができる。覚えるのも面倒な月次や年次のデータ処理には最適である。 ---
かつてのお勧めは、1995年の10月から12月に作られたパソコンだった。CPUの性能も ワープロ、表計算、データベースくらいならおつりがくる。おまけに故障が少ない。 1996年はパソコンの外れ年だった。故障、返品の話を聞かなかった月はない。 1997年には品質問題は持ち直し、まあまあ安心できるレベルになった。
インターネットをするなら、MacOSかWindws95が動くパソコンならCPUは68xx40か 486DXでも構わない。この程度のCPUスピードがあれば、ISDNを使ったダイアルアップIP接続の回線スピードの上限128kbps程度のデータの表示には困らない。もっとも大きくて遅いブラウザを使うとそっちの動作でCPUパワーが食われてしまうことがある。CPUにあったアプリケーションを使うことだ。
まさか2000年を越えて使っている人はまずいないと思うが、古いPC9801シリーズにはシリアルポートの通信速度が遅い機種があり注意が必要だ。最高速度が115,200bpsだと128kbpsで動かすのは足りないし、情けないことに14,400bpsや28,800bpsのスピードに追いつかないパソコンもある。
---- これは1997年の頃の話 -----
グラフィックやサウンドを趣味で扱うならPower PCであればCPUスピードで困ることは ないだろうし、Pentiumでもなんとかなるだろうがメモリが十分にないと作業がつらい。
CPUがDX4,68XX40でも大きな絵や動画を開発するのでなければ使用に耐える。 40万画素のデジタルカメラの画像ファイルは1枚で約1MB程度だが、Macならこの程度は メモリーが16MBでも扱えるし、PhotoShopのフィルタワークを行う時間は、長いものでも コーヒーを2口くらい飲んでいれば過ぎてしまう。 256色に減色した絵を使えばDirectorでコンパクトな動画を作ることもできる。 枚数は多くなるにしてもフロッピーディスクでバックアップも取れる。
だが、大きな絵を扱おうとすると、いきなり世界が変わり、システム全部をグレード アップしないと間に合わない。
例えばサイズが20cmx20cmで24bit color、画像解像度が400dpiの 絵なら10MBを超えるが、これを扱うにはMacなら最低でもメモリーは48MB欲しい。 Photoshopでこの絵を読み込むと、作業用にハードディスクの空き領域が100MB以上 必要となるだろう。これで作業をするとPhotoshopがスクラッチディスクを使うため ハードディスクがぎゅるぎゅる言いっぱなしになる。1枚の絵を作り終ってハード ディスクのメンテナンスをすると異常セクタが出ることも珍しくない。この手の処理 ではハードディスクは消耗品だ。
こうしてできあがった絵のバックアップも大変だ。10MBの絵はCompact proで圧縮して もフロッピーディスクで5枚以上になり、フロッピーでのバックアップは実用的でない。 Zip,Jazz,PD,MOなど大容量の記録媒体でバックアップを取ることが現実的だ。
さらに、ここまでやる人は17インチ以上のアパーチャーグリルのCRTが必要で、 当然 V-RAMも4MBは欲しい。
動画をやるならさらに大変だ。CD-ROMのコンテンツ作りなどオーサリングをするとき は、Directorで動作を確認しながらPhotoshopで元の絵を直す作業を繰り返すが、こ れをするにはメモリーは128MB以上は欲しい。できあがったコンテンツが30MBに なることは珍しくないのでバックアップするメディアもPD、MOなど大容量のものが 必要だ。 これに重ねる音作りも大仕事だ。オーディオCDのスペックの、16bit、44KHzで編集を するとサウンドデータは1分当り約10MBになる。10分を超えるクラシックの曲は100MB 以上だ。完成すればサンプリング周波数を下げたり、圧縮したりとファイルサイズを 小さくする方法もあるが、高品質なデータで編集しないとクォリティが下がるので、 100MBのセーブ、ロード、スワップが行なわれる。CPUスピード、主記憶の容量だけ でなくハードディスクの読み書きのスピードも重要なスペックだ。 音声付きのムービーではファイルはさらに大きくなり、QuickTimeの320x240の画像は 圧縮しても1分で約200MBのファイルになる。
コンテンツ作りの環境はWindowsよりMacintoshに一日の長があるが、Macであっても 大きなコンテンツを作るには時間がかかる。高速のディスクアレイが欲しくなるような 人は、シリコングラフィックス社のindigoを考えたほうがいい。趣味を超える領域では、 キチッとしたシステムが必要だ。
CPU速度、メモリ量、画像解像度、ハードディスク容量、バックアップシステムなどの 処理系の中で、一番性能の低いものが足を引っ張って、全体のレベルを下げてしまう。 「樽の原理」はここでも生きている。
スキャナーで読み込むファイルのサイズ
A4の絵を取り込む場合
解像度 ファイルサイズ
300dpi 23MB
400dpi 46MB
600dpi 93MB
---- 2000年の頃はこんな -----
グラフィックやサウンドを趣味で扱うならPower PC604であればCPUスピードで困ることは ないだろうし、Pentium IIIでもなんとかなるだろうがメモリが十分にないと作業がつらい。
CPUが603e,Pentium IIでも大きな絵や動画を開発するのでなければ使用に耐える。 210万画素のデジタルカメラの画像ファイルは1枚で約48MB程度だが、Macならこの程度は メモリーが128MBでも扱えるし、PhotoShopのフィルタワークを行う時間は、長いものでも コーヒーを2口くらい飲んでいれば過ぎてしまう。 256色に減色した絵を使えばDirectorでコンパクトな動画を作ることもできる。 バックアップはPD、MO、ZIPなどで取ればいい。
だが、大きな絵を扱おうとすると、いきなり世界が変わり、システム全部をグレード アップしないと間に合わない。
例えばサイズが20cmx20cmで24bit color、画像解像度が400dpiの 絵なら10MBを超えるが、これを扱うにはMacなら最低でもメモリーは128MB欲しい。 Photoshopでこの絵を読み込むと、作業用にハードディスクの空き領域が100MB以上 必要となるだろう。これで作業をするとPhotoshopがスクラッチディスクを使うため ハードディスクがぎゅるぎゅる言いっぱなしになる。1枚の絵を作り終ってハード ディスクのメンテナンスをすると異常セクタが出ることも珍しくない。この手の処理 ではハードディスクは消耗品だ。
こうしてできあがった絵のバックアップも大変だ。10MBの絵を日常的に使うにはZip,Jazz,PD,MOなどの利用は必須になる。
さらに、ここまでやるにはは22インチ以上のアパーチャーグリルのCRTが必要で、 当然 V-RAMも8MBは欲しい。
動画をやるならさらに大変だ。CD-ROMのコンテンツ作りなどオーサリングをするとき は、Directorで動作を確認しながらPhotoshopで元の絵を直す作業を繰り返すが、こ れをするにはメモリーは256MB以上は欲しい。できあがったコンテンツが100MBに なることは珍しくないのでバックアップするメディアもPD、MOなど大容量のものが 必要だ。 これに重ねる音作りも大仕事だ。オーディオCDのスペックの、16bit、44KHzで編集を するとサウンドデータは1分当り約10MBになる。10分を超えるクラシックの曲は100MB 以上だ。完成すればサンプリング周波数を下げたり、圧縮したりとファイルサイズを 小さくする方法もあるが、高品質なデータで編集しないとクォリティが下がるので、 100MBのセーブ、ロード、スワップが行なわれる。CPUスピード、主記憶の容量だけ でなくハードディスクの読み書きのスピードも重要なスペックだ。 音声付きのムービーではファイルはさらに大きくなり、QuickTimeの320x240の画像は 圧縮しても1分で約200MBのファイルになる。
コンテンツ作りの環境はWindowsよりMacintoshに一日の長があるが、Macであっても 大きなコンテンツを作るには時間がかかる。高速のディスクアレイが欲しくなるような 人は、G4マシンを数台、100BASE-T以上のネットワークで接続して作業する環境が欲しい。趣味を超える領域には高価なキチッとしたシステムが必要になる。
CPU速度、メモリ量、画像解像度、ハードディスク容量、バックアップシステム、ネットワークなどの 処理系の中で、一番性能の低いものが足を引っ張って、全体のレベルを下げてしまう。 「樽の原理」はここでも生きている。
フロッピーディスク(FD)でWindows95のシステムをバックアップする元気な人は少ない と思うが、Windows3.1のころは、大容量メディアが高価なため、システムのバックアップをFDで行なうのが普通だった。
DOSのBACKUPコマンドで23枚のFDにバックアップしてあるシステムを、RESTOREコマンド で元に戻そうとしたら、21枚目のFDが不良でレストアができなくなった。 しかたなく、DOSのシステムディスクを作り、ハードディスクを初期化しなおし、 Windows3.1をインストールした後、アプリケーションを次々と入れて動作環境を整備 し、データベースや文書、プログラムソース、ゲームをいれて、元の状態に戻すのに、 ほとんど徹夜で丸一日かかった。これに懲りてWindows本体とアプリケーション、 データは、それぞれ別にバックアップするようにした。アプリケーションなど市販 されているものは定義ファイルだけをバックアップし、データやゲームは集めて圧縮 し、FD1枚に入れてバックアップを行なった。もちろん、LHAなど使った圧縮プログラム は、そのFDに同梱しておいた。
FDへのバックアップをバッチファイルで作ったため、以後システムを大きく変更したり データを整理するときは、バッチファイルを少し変更するだけでバックアップを取る ことができた。保管しておいたMS Cのオリジナルディスクの6枚目が読めなくなった ときも、このバックアップシステムのお蔭でことなきを得た。
パソコンを買ったら同時にその時期のパソコン雑誌を数冊買っておくと良い。 そのパソコンが売られている間は、そのパソコンについての情報が雑誌から得られるが、 3カ月もすると雑誌類はこぞって次ぎのパソコンの記事になる。
ソフトウェアも同じこと。旬のうちでないとメディアは取り上げてくれない。
出典 IBM東日本だより 96 12月号 Vol.5
PCに端末をつけるというコンセプトで2つのシステムが現れた理由は、NC、NetPCに 当初期待された運用コスト削減の効果が、不十分という見方が出ているためだ。
NetPCはPCをベースにしているため初期費用はPCと同じだ。アプリケーションの管理 コストはゼロでも、OSの保守、更新などの管理コストがかかる。ユーザーがWindowsに対して、 細かいカスタマイズを行なう結果のコストも残り、運用コストはNCに比べて不利だ。
NCはコンセプトがPCとかけ離れているため、個人が気ままに扱えるPCに比べ業務一点張り の感があり、PCユーザーからの反発が予想される。また、漢字変換などをサーバーで 行なう結果、処理スピードが遅くなる問題もある。
しかしOS/2 Blue Bird、Windows Terminalが、この問題の根本的な部分を解決する とは思えない。長くPCに親しんでいるユーザーや、技術志向のユーザーは、PCを操作し 自分なりの環境を作ることが好きな連中が多い。NCと同様に両者ともカスタマイズは 制約され、この楽しみは奪われる。 ワープロと表計算ができ、データベースをブラウザ経由で操作できる端末なら、 コストを下げた専用機で十分だ。これはワープロ専用機という形で提供されている。 ハードディスクがなくてもフラッシュメモリにアプリケーションを残すことも可能に なるだろう。
CPUのスピードもワープロや表計算などには十分なものになった。 メモリと、システムのパフォーマンスを際限なく要求する、餓鬼のような アプリケーションが今後も増え続ければより早いCPUパワーが必要になるが、 画像処理以外ではCPUは、この危機を乗り越えたようにも見える。
低下するパソコンの価格が、これらの運用コスト削減マシンにどう影響を与えるか 興味深い。
1998.09月にIBM社は、AS/400のローアーレンジ、モデル170を発表した。
それまでの600型より大幅にコストダウンされたモデルはバッチ系のパフォーマンス を重視している。
IBM社では2000年にダム端末を発表すると言う話があり、AS/400をサーバーとした、 NCシステムが完成するという見方もある。
米国では1996年の売れ筋デスクトップPCの価格は、1500ドルから2000ドルで、 中心価格は1800ドル程度だった。1000ドルPCの出現により1997年前半の売れ筋は 1000ドルから1500ドルに下がった。1000ドル以下のサブ1000ドル市場も生まれている。
| Maker | Product | Price | CPU | RAM | 2nd Cache | Hard Disk | CD-ROM Drv. |
| AST | Adventure 200 | $997 | AMD K5-PR133 | 8 | 256 | 1.0GB | x8 |
| AST | Adventure 200e | $1199 | Intel Pentium 133MHz | 16 | 256 | 1.0GB | x8 |
| Compaq | Presario 2100 | $1298 | Cyrix MediaGX 133MHz | 24 | --- | 2.0GB | x8 |
| Everex | Explora 995 | $1215 | AMD K5-PR133 | 16 | 256 | 1.2GB | x8 |
| Packerdbell | Multimedia C115A | $999 | Intel Pentium 120MHz | 16 | --- | 1.2GB | x8 |
| Vectron | Corporate Station P-133 | $995 | Intel Pentium 133MHz | 16 | 256 | 2.0GB | x4 |
| Maker | Product | Price | CPU | RAM | Hard Disk | CD-ROM Drv. |
| 日本ゲートウェイ2000 | G5-166 | \169,800 | Intel Pentium 133MHz | 16 | 1.2GB | x16 |
| コンパック | DESKPRO 2000 5133/1200 | \168,000 | Intel Pentium 133MHz | 16 | 1.2GB | -- |
| 日本FIC | FIC BASIC COMPUTER 500 | \108,000 | AMD K5-PR75 | 16 | 1.0GB | - |
| 亜土電子工業 | CCGX133 | \99,800 | Cyrix MediaGX 133MHz | 16 | 1.0GB | x6 |
| 高木産業 | PIM-GX133 | \99,800 | Cyrix MediaGX 133MHz | 16 | 1.3GB | x16 |
| プロサイド | JN5100DSA | \80,000 | Intel Pentium 100MHz | 16 | 1.2GB | x4 |
大手メーカーは10万円パソコンを出す動きはないが、台湾や国内中小メーカーは10万円 パソコン市場に乗り出てきた。
VTRやビデオカメラなど消費財は10万円を割ると普及にはずみがつく。500ドルパソコン の構想もではじめており、パソコン市場はいままでの殻を破る動きを見せている。
10万円パソコンの台頭は、市場規模、CPU能力、メモリ、磁気ディスク容量、 ソフトウェア・サイズなど、すべての面で膨張を続けてきたWintel主導のパソコン業界 の方向が大きく変えることになる。 いままでパソコンは高性能、高機能でユーザーをひきつけてきたが、ユーザーは一家に 一台汎用機を置く必要がないことに気づき、メーカー主導の高性能戦略に背を向け はじめた。軽自動車で充分な人、セダンがいい人、トラックが欲しい人、ランナバウト を使う人がいて車業界がその要求に応えているように、パソコン業界もユーザーのニーズ に応じることにより形態が変わっていくだろう。今後はローエンドのパソコンの割合が 増え、ハイエンド、ミドルレンジのパソコンの需要は割合が減るだろうが、市場は パーソナル機器としての飽和点まで拡大をつづける。
これからはパソコンもTVやVTRなどの家電製品とおなじ進化の道ををたどることになるだろう。
9月コンパックがPresario 2210の発売を発表。MPUはCyrix社のMediaGx(180MHz)、メモリ16MB、 ハードディスク1.6GB、モデム33.6bps、CD-ROMは8倍速、モニターは14インチ、 添付ソフトはMSワークスなど低価格品がついて13万円台の価格。 米国で6月に発売したPresario 2100(CPU MediaGx 180MHz)の日本向け機種。1997.09.09
日経パソコン 1997.07.14 日経新聞 1997.07.30他
1998.01.07にコンパックは、Presario 2240を799ドルで発売した。 CPUはAMD K6MMX(200MHz)、モデム付きで50時間のインターネット無料サービス付き。 モニタつきのモデルは999ドル。HPもCPUがintel MMX Pentium(200MHz)のモデルを799で 投入した。1998年の年末商戦では1000ドルパソコンが家庭向けパソコンの40%を占めた ことから今後もこの市場を狙うメーカーが増えるだろう。
日経新聞 1998.01.08
米国では最大のパソコン量販店コンプUSAの大型量販店の1998年1-3月期のパソコン売上が前年 比で6%下がり90年代最悪の売上になった。小型店を含めた同期の総売上高は14億5千万ドルで 前年同期比14%増。販売数は増加したが、1000ドルを切る低価格機種が30%近くになった結果、 で平均売価が20%近く下がったことが響いた。Windows98発売による買い控えもあり、4-6月 期はさらに売上が悪化し「ゼロ成長」になる予測している。
日経新聞 1998.04.04 米国では家庭用の主流は1000ドルパソコンになってきた。
というのが1997年の夏。
1997年秋口からはサブ1000ドルPCが登場する。1998年に入るとさらに900ドルPC、 800ドルPCが登場し、企業ユーザーはこれらを使い始める。コンシューマー向けには 700ドル、600ドルPCが現われた。価格の面からインテルでなく、AMDやナショナルセ ミコンダクタ(サイリックスを買収した)などのCPUが搭載され、インテル・アウトサイド 機が増える。その結果、急成長を続けていたインテルの売上高は1998年の第1四半期で 前年比7%減の60億100万ドルに下がった。
米国の1000ドルパソコンのシェアは50%を超えている。日本でも1998年夏には、CPU がAMD K6-2の266MHzに4GBのハードディスク、メモリ32MB、32倍速CDーROM ドライブを持ち、56kbpsのモデムとCRTがついて15万円台のパソコンをIBMなど メジャーのメーカーが売り出した。これは1997年夏のデスクトップ・ハイエンドマシン のスペックである。もっとも徹底したコストダウンを進めた影響か初期故障が多発した。
米国ではさらに700ドルPC、500ドルPCと価格帯が下がっている。この結果、企業 ユーザーはハイエンド機を買うことをやめ、1000ドルPCを買う方向に切り替えた。
アメリカの企業のユーザーのPCの購入予算は平均で3年間で3000ドルといわれている。 だが、3000ドルを払ったハイエンドの高速PCのスペックは、一年後にはローエンド機 のスペックになり、2年後にはそのスペックのPCは市場から姿を消してしまう。 3000ドルPCは2年間しか有効な稼働期間がないといえる。それよりも、毎年900 ドルのPCを買えば、3年間のハードウェアの総コストは2700ドルで収まる。700ドルPC なら2100ドルですむのである。このことに気付いた米国の企業は、高価なハイエンド機 の購入をやめ、エンドユーザーの要求を満たす最低の性能を持ち、その時点で一番価格の 安いPCを購入することに切り替えた。
ほとんどの企業ユーザーが利用するアプリケーションはワープロ、表計算、電子メール、 Webブラウザというところで、これ以外にはデータベースが増える程度である。1998年 のローエンドのマシンでも、これらのアプリケーションをストレスなく動かすには充分す ぎる。一方、レンダリングやシェーディングなどのグラフィックス処理、ムービーや音声、 印刷用の画像など編集の処理にはハイエンドマシンでも処理速度や記憶容量が不足する。 今後は出荷台数の多いロープライスのローエンド機と、クリエーター向けの特化した 高性能マシンへの二極化が予想される。
さらに、1998年終わりには、企業向けは500〜600ドル、コンシューマ向けは300〜 400ドルになることが予想されている。 ナショナルセミコンダクタは500ドルPC向けに、サイリックスMediaGをベースにした システムLSI「PC on a chip」の開発を発表した。CPUは周辺のチップセットを一つの チップに集積し、このチップのみでWindowsパソコンを実現させる方向だ。ワンチップ 化はローコストというだけでなく、従来のCPUと周辺LSIの間で行うデータ転送がLSI 内部で行われるためデータ転送速度が高速化れる。さらには総合的な電力消費量を下げ ることもできる。
パソコン本体の価格が下がるとバランス上、OSやアプリケーションの価格も下げざるを 得ないという見方もあり、PCの出荷台数は増えてもそれ以上に価格の低下が売上金額を 下げ、マイクロソフトも含めたPC業界全体の売上高が低下をするという分析がある。
Computer Report 1998.08 他
グループウェアを使って現れた効果
ok 1996.04..1996.09
ノーツに慣れてくるにつれ、大量の個人ファイルまでサーバーに保管しようとしたり、 サイズの大きな添付ファイル(Image file)をつけたメールを大勢の人に送ろうとする。 規制も利用に水を差すことになり効果的な対策が打ちにくい。結局、無秩序な使い方を しないようにしつけが重要である。機能があればユーザーは使うので、10MB以上の添付 ファイルは遅れないようにするなど、システム側で制約を設けるしくみも必要だ。
cf.大倉商事(株) 情報システム室の話 ibm.comm 9706 software
1997年、いままで海外シフトを進めていたメーカのUターンの動きが始まる
九州松下 FAXをマレーシアから引き上げ 人件費10倍
開発要員が生産立ち上げで張り付き1カ月..................開発ストップ
品質低下し問題あるごとに開発要員がマレーシアに飛ぶ......開発ストップ
3カ月ごとに新製品を販売、開発が進まぬと次期モデルが発売できない
製造工程からの改善提案がなくなった.............コストダウンが進まない
日本電気 どこでも買えるパーツを使ってパソコンを組み立てる...アッセンブリメーカーになった
PC-98の国内の部品はCDドライブとと基板一枚だけ 生産は中国
特徴が出せない、コストだけの競争になる
米沢、群馬、新潟と本社。製造工場に開発権限を持たせる
組織変え、プロジェクトリーダーの発足
開発短納期化、立ち上げ期間短縮、不具合即対応
インテルの20年の成長で完全に追い越された半導体市場に食い込む
グラフィックチップの開発、PCに組み込み
東京電波 従来の1/5のサイズ水晶発信子を開発し国内で生産する
20年前から韓国で生産
「どこでもできるものでは儲からない」
海外は全面撤退し国内生産に切り替え。設備投資60億円以上
その他、ワールド、アイワなども海外からのUターン組。
NHKクローズアップ現代1997.03.11 21:30...22:00
日経新聞 1997.03.12
参考:IBM東日本たより 1997.01 Vol.6
既存ビジネスのインターネット化には4つのカテゴリーがある。
参考:三菱総合研究所(MRI)調べ NTT1997.6月
NECは一時は国内市場の70%を超えるシェアを占めていたが1993年に50%を割り込み、 1996年には33%程度までシェアを落した。日本国内ではPC9800シリーズの独自路線で 来たが、Windows95の発売でPC9800は世界でも特異的なマシンになり、社内の営業からも AT互換機生産の要望や、16ビットアーキテクチャだったPC9800シリーズの限界が今回の 路線変更の背景にある。PC9800シリーズは累計で1700万台以上出荷されている。
NECの社内では「パッカードベル救済のための新型パソコン開発」という名目で NX開発プロジェクトが進んでいた。真の目的は一人の役員とプロジェクトの管理者以外 には知らされず、開発担当者自身にも自社のAT互換機の開発であることは知らされて いなかったという。
日経パソコンの12月1日号に「PC98ーNXのすべて」という20ページもの広告記事を出す などNECの意気込みは強かったが、1997年暮れの商戦でNXの売れ行は伸びなかった。 「PC97/98仕様」を全面に出しNXがAT互換機でないことを説明すればするほど売れなく なり、結局価格を下げて売らざるを得なかった。最終的に販売台数は富士通と近いもの になったが、利益は大きく差を付けられた。
NECは1998年1月30日に97年度のパソコン出荷台数の目標を下方修正した。 「NX」発表時には「下期目標は前年同期比19%増の215万台」としていたが、 10-12月期の国内出荷は76万5000台(前年同期比10%減)と伸び悩んだ。 このうちNXシリーズは54万5000台と70%を超えたが、家庭向けが年末商戦 で振るわず、企業向けも伸びなかった。 当初の年度目標の国内・海外を含めた出荷日標407万台(前年度比9%増)を 中間決算発表時に目標379万台(前年度比2%増)と修正し、さらに今回12% の下方修正で、97年度の出荷目標を334万台(前年度比10%減)とした。 国内向けは315万台で7%減となり、92年度以来5年ぶりに国内パソコン 出荷が前年度を下回る。個人消費の低迷に加え、昨年秋に市場投入した NXが不振だったのが要因の一つ。
パソコン事業売上高(国内・海外合計)は中間決算時予想の8700億円(前年 度比6%減)を7900億円(15%減)に下方修正した。
昨秋には年度見通しを下方修正。下期は新仕様パソコン「PC98−NXシリー ス」で巻き返しを狙っていた。
NXへの移行によりPC-9800シリーズは消え行く運命にある。周辺機器の市場も 徐々に小さくなり、その結果PC-9800用の周辺機器はAT互換機向けに比べ次第に 割り高になっていく。そして市場から姿を消す。C-Bus用の周辺機器は1998年 夏頃が最後になるか。
日経パソコン、日経新聞他
アトランタ・オリンピックは参加197ヶ国から16,500人の選手が参加した。 開催地は約80ヶ所、報道関係者は15,000人にのぼる。
アトランタ・オリンピック組織委員会(ACOG)はスタッフ2,000人、ボランティア40,000人で構成される。 「ワールドワイド・インフォメーション・テクノロジー」のスポンサーとしてIBMがこの 大会を全般に渡り支援した。
公式Webサイトには、1億8700万件のアクセスがあった。
システム構成
3階層のクライアント・サーバシステム、3テラバイトのデータを管理する。
ペン入力のThinkPadで入力されたデータや計時装置からのデータを最上位レベルの S/390に蓄積し、各開催地に置かれたAS/400にデータをコピーする。
AS/400に接続されたLANのOS/2ワークステーション(ノート型PC、タブレット)を使い データを取り出す。
ハードウェア
ソフトウェア
リザルト・システム(記録集計システム)
0.3秒以内にオリンピック競技の結果を配信するシステム。
収集されたデータをS/390にアップロードし、 さらにコメンテーター・インフォメーション・システム(CIS), info'96(情報検索システム),インターネットなどに送る。
ペン入力のThinkPadでの入力のほか、 球技などではプレイ、得点、反則などを転送しスコアボードや解説者向け画面に表示する。
水泳などでは、例えば、ジョージア工科大学のプールの各レーンにSwatchの計時装置を 組み込み、時間センサーで計時したタイムをリザルト・システムに転送し表示する。 競技結果データはS/390に蓄積され、SQLで各開催地のAS/400に複製する。
コメンテーター・インフォメーション・システム(CIS)
リザルト・システムの一部。
スポーツキャスターに進行中の競技の最新情報のほか、国の情報、写真、過去の記録の 統計、選手の経歴、以前の得点、世界記録、オリンピック記録、各国のメダル獲得者 などの情報が取り出せる。別の競技の様子をTVで見ることもできる。
info'96(情報検索システム)
すべての競技日程、場所、開始時間、会場別の気象状況、交通スケジュール、 文化プログラム、開催地の情報などの情報検索機能と、150、000人のオリンピック 関係者がメモや電子メールを交換できる、電子掲示板、電子メールのシステムの 2つの機能で構成されている。多国語でサポートされた。
リザルト・システムからの競技結果情報で更新される。
センターはAS/400 model320をミラーリングで使用、各開催地のAS/400 model30Sは ローカルとして接続され、60GBのデータ容量を持つ。
英語の入力情報は、センターのAS/400 model320に接続されたLAN上のPCの翻訳ソフト ウェアで、もう一つのオリンピック公式言語の仏語に翻訳し、センターのAS/400に 戻されたあとローカルのAS/400 model30Sに転送される。
info'96はS/390の電子メールシステムのフロントエンドとしても使われ、1,800台の タッチスクリーンのKIOSKで数百万単位の処理を行なった。
オリンピック公式WWW
史上初のオリンピック委員会のインターネット・WWW、 Offical 1996 Olympic Web Site- Home Page を開設した。
IBM PS/6000 SP2サーバーでサポートされている。 オリンピック開催から7月28日までに8,000万回のアクセスがあり、 13万枚、530万ドルの競技種目のチケット、12万5,000万ドルの公式商品を販売した。 58,000件の電子メール・メッセージがオリンピック選手に届けられた。
大会期間中のアクセス数は 1億8,800万件で、一日の平均アクセス数は1,111万件。 8月1日には、1,695万5274件のアクセスがあった。
事件追跡システム
ロータス・ノーツを使い、 事件や出来事など様々な事態にスタッフがどう対処すべきかの情報やガイドラインを 提供した。このシステムはジョージア州警察とジョージア州捜査局にもリンクされた。 各会場での出来事を無線や電話で受け取ると、オペレーターは専用のフォームに 情報を入力する。
事件や出来事は緊急度により優先順序がつけられ、優先順序が高いものを目立たせて 表示する。情報はノーツサーバに転送され、数分おきに各会場のサーバにコピーされる。 利用者は文字情報のほか絵やグラフ、ビデオ、音声で情報を確認できる。
その他のシステム
IBM東日本支社情報誌 1996 9月号 Vol.2
長野オリンピック 1998年2月7日(土)から2月22日(日)
開催都市 長野県長野市 (アトランタ)
開催地 長野市
山ノ内町志賀高原
白馬村
野沢温泉村
軽井沢町
参加予定国 約60ヶ国 (190ヶ国)
参加予定選手・役員数 約3,000人 (15,000)
予定競技 7競技,68種目 (26競技,271種目)
スタッフ 約6万人 (15万人)
使用WS数 約3,500台 (7,000台)
※括弧内はアトランタ・オリンピック
ハードウェアソフトウェア
合計ヒット数 6億4630万件 期間:2月7日〜2月22日
1分当たりの最多ヒット数 10万3429ヒット/分 2月20日21時
1日当たりの最多ヒット数 5680万ヒット 2月13日
情報システム
S/390 2台
AS/400 5台
RS/6000 18台
PC 5000台以上
Printer 1300台以上
情報処理量 4.5テラバイト
現場支援 17カ国,800人以上
長野オリンピック
選手および役員 約3000人
ボランティア 約3万6千人
ニュースメディア 約8000人
観客動員数 143万人
テレビ視聴者 30億人以上
後日談
日本IBMがサポートした長野オリンピックの運営システムは大成功だったので1999年秋に日本IBMの北城社長はIBMアジア・パシフィックの社長になった。北城さんがIBM APの社長になれば2000年9月のシドニーオリンピックのシステム構築に日本IBMのスタッフを使えるという読みのようである。長野オリンピックのシステムを立ち上げた柴田取締役はシドニーに遊びにいけると喜んでいる。